雑誌
シーエムシー出版 2020年11月30日
植物由来食品・代替食品の最前線
代替チーズ「スティリーノ」
マリンフード株式会社 研究部
魚井伸悟、小林泰丈、妹尾詩織
魚井伸悟、小林泰丈、妹尾詩織
1.「スティリーノ」とは
「スティリーノ」とは、弊社で開発したチーズ代替素材に、弊社が名付けたオリジナルの名称である。名前の由来はギリシャ語の「ステノ(未来、先進)」、「ティリ(チーズ)」という単語の組み合わせから来ており、未来のチーズという思いを込めて、「スティリーノ」と名付けた。ここではこの代替チーズの歴史、国内外の市場、スティリーノの特徴、現在、未来についてご紹介させていただく。
なお、弊社のスティリーノを始めとする代替チーズは、一般的には、「代替チーズ」、「イミテーションチーズ」、「アナログチーズ」、「人工チーズ」等と呼ばれることがあるが、ここではスティリーノを含む一般的な代替チーズに対しては「代替チーズ」、特に弊社オリジナルの代替チーズを指す場合には「スティリーノ」という言葉を用いる事とする。なお、便宜上、その特徴から一部マスコミや流通関係等には「植物性チーズ」等とも呼ばれているが、日本では食品衛生法の「乳及び乳製品の成分規約等に関する省令」(乳等省令)で規定されているチーズ(ナチュラルチーズおよびプロセスチーズ)に該当しないため、販売、使用にあたってはチーズという言葉は使用できないことを注意しておきたい。
2.代替チーズの歴史
チーズの歴史は古く、加工食品としては最も古いものの一つと言われている。であるから、いつ頃、どこで、どうやって作られ始めたかは定かではない。しかし、チーズを作るには乳が必要であることから、チーズの起源としては羊や山羊が家畜化される紀元前6000年頃と言われている。どのようにしてチーズが作られたかについては、反芻動物の胃から作られた袋の中に留め置いた乳が胃に残っていたレンネットという酵素により、カード(凝乳)とホエイ(乳清)に分かれることが偶然にも発見されたことに始まると言われている(他にも諸説あり)1)。いずれにしろ、その土地の風土や歴史により、多種多様なナチュラルチーズと呼ばれるものが作られるようになった。
しかしながら、ナチュラルチーズは貯蔵期間に限界があり、風味も刻々と変化していくのに対し、美味しい状態を長く留めたいという欲求から人類は新しいタイプのチーズを開発した。ナチュラルチーズを原料として作られるプロセスチーズである。1911年にスイス人のゲルベル(Walter Gerber)とステットラー(Fritz Stettler)が溶融塩を用いてプロセスチーズの製造に成功したことに端を発し、その後すぐにアメリカでも製造が開始され、1930年代には良質な溶融塩が販売されるようになり、諸外国でも品質の良いプロセスチーズが作られるようになった2)。
品質、風味、保存性の欲求を満たした人類の次の挑戦はコストである。手間ひまかけて作られるナチュラルチーズは生産や保存、流通にコストがかかり、それを原料とするプロセスチーズのコストも当然ながらナチュラルチーズのコストに左右される。この課題を実現する為に登場したのが、本題の代替チーズである。代替チーズは1970年代初期にアメリカで導入され、その後、イギリスやスウェーデン、フランス、ドイツ、ベルギー、スイス、オーストラリアでも製造、販売されるようになった3)。タイプとしてはチェダーやモッツァレラ、モントレージャックといったナチュラルチーズを模したものが作られ、用途としてはコスト削減を求められやすいピザやハンバーガー用のスライスとして使われたようである。日本でも原料チーズ相場が高騰した際には数社から代替チーズにあたるものが製造、発売され、原料チーズの価格が落ち着いた頃にはいつの間にか市場から消え去るといったことが繰り返されていたが、ナチュラルチーズと比べ、コレステロールの大幅カットを売りにした弊社の開発したスティリーノの登場により、昨今の健康志向の高いユーザーに支えられ、2000年代後半から現在に至るまで、日本の代替チーズ市場も右肩上がりとなっている。
3.代替チーズの存在意義と2つのアプローチ
ナチュラルチーズは日本では乳等省令で定義が決められており、概略すると、乳(バターミルク、クリームも可)を酵素などで凝固させた凝乳から乳清(ホエイ)を除いたもの、またはそれらをさらに熟成させたものということになる。乳は主に牛乳であるが、水牛乳や、山羊乳、羊乳などが使われることもあり、熟成も添加される乳酸菌の種類によって風味や特徴が異なり、さらには白カビや青カビ、リネンス菌などが加わると、ますますバリエーションに富むことになる。ナチュラルチーズは構成成分から見ると、大雑把に分けてしまうと乳蛋白、乳脂肪、水分、その他成分に分かれる。ナチュラルチーズを用いて作られるプロセスチーズも同じく乳等省令には、ナチュラルチーズを粉砕し、加熱溶解し、乳化したものと定義されているため、構成成分としてはナチュラルチーズと大きくは変わらない。一方、代替チーズは各メーカーにより、さまざまな種類、形態があるが、ナチュラルチーズやプロセスチーズのように定まった定義、規格といったものは無い。組成がチーズに似ているもの、外観や特性(溶けや伸び)、風味がチーズに似ているものなど、言ってしまえば、ターゲットとするチーズの特徴を有していれば、それは代替チーズという事になる。例えば、風味や物性の完成度、保存性を考慮しなければ、健康志向や主にお子様のアレルゲン事情(乳アレルギー対策)により、豆乳とレモン汁(または食酢)などとちょっとした調味料からチーズのようなものを作る家庭料理もあり、これらもチーズの代わりの食材として利用されるなら立派な代替チーズと呼んでいいだろう。工業的なレベルでの代替チーズに話を戻すと、代替チーズを作る目的と利点としては以下の項目があげられる。
・乳脂肪の代わりに植物油脂、乳蛋白の代わりに植物性蛋白あるいは加工澱粉などに置き換えることで一般的にナチュラルチーズに比べ、製品コストを下げることができる。
・一般的に生乳処理からスタートするナチュラルチーズでは大規模かつ複数の工程の設備を要するが、代替チーズでは原料を混ぜて加熱攪拌する工程がメインとなるため、製造設備のコストが抑えられる。
・ナチュラルチーズでは集乳、乳処理などの煩雑な工程に始まり、加工後も長いものでは年単位で熟成させるものもあるが、代替チーズでは原材料を集めてさえおけば、生地の冷却工程を加味しても数日単位での短期間出荷が可能となる。
・原料を工夫することで組織や溶け、風味、栄養強化などのカスタマイズがナチュラルチーズに比べてしやすい。
一般的には先ほどナチュラルチーズを乳蛋白、乳脂肪、水分、その他成分に分けたが、これらの乳蛋白、あるいは乳脂肪のどちらか、あるいはその両方の一部または全てをそれぞれ植物性蛋白、植物油脂に置き換える手法が主流のようである。
代替チーズの開発手法は、大きく分けて2つのアプローチに分けることが出来る。一つ目は、ナチュラルチーズ、あるいはプロセスチーズの科学的モデルを参考に、チーズの構成成分の一部を代替素材に置き換え、組み立てていく方法。この場合、ナチュラルチーズやプロセスチーズの科学的理論を用いた乳蛋白や乳化の理解・技術がほぼそのまま生かされ、出来上がるものも当然ながらよりチーズに近いものが出来る。もう一つは澱粉や植物性蛋白、その他の植物性原料など乳製品とは全く異なる原料を組み合わせてブロック状、あるいはペースト状のものを作り、それに溶けや伸びを再現するために安定剤や増粘剤、風味原料を加えることでチーズ様食品を作る方法。乳製品原料を使用しない場合は前述のチーズに関する科学的理論はあまり生かされず、素材原料の組み合わせと試行錯誤によるところが大きくなる。後者は前者に比べ、風味や物性でチーズからかけ離れてしまう事が多いが、原料の素材次第では代替チーズと呼ばれるものでありながら乳由来原料不使用(乳アレルゲンを含まない)といった本物のチーズでは有り得ない機能、特性をも付与することができる。
なお、弊社ではこの2つのアプローチの商品の開発に成功している。前者のチーズを科学的に模したものをスティリーノとして販売し(実際に販売する際には、スティリーノという言葉を使わず、特徴を表した別の商品名を付けている場合もあり)、後者の植物性原料を主体にした動物性原料不使用のものをヴィーガンシュレッドとして販売している。
4.海外の代替チーズ事情
代替チーズは世界的に見ても法的に規定、統計されていないので、正確な数字はわからないが、世界のチーズ市場が約2000万t/年であるのに対し、代替チーズはおおよそ150万t/年程度ではないかと推定される。また、我々が海外から取り寄せ、調査した限りではあるが、海外の代替チーズの形態としてはシュレッドタイプ、スライスタイプ、ブロックタイプ、パウダータイプなど多様な種類が存在する。ピザ等の加熱料理に使用されるシュレッドタイプはターゲットとするチーズが原材料として一切使用されていないにもかかわらず、たとえばモッツァレラタイプ、チェダータイプなど代替先のチーズの種類を記載している製品も一部確認される。しかしながらその味付けは、後述のヴィーガン対応の製品が多いこともあり、大豆蛋白や酵母エキス、香料で行われており、残念ながらチーズに近い風味とは言い難いものが多い。また加熱時の溶けについても弊社を含めた国内産代替チーズほど溶け広がる製品は少ない。海外では宗教上、信条、ライフスタイルから代替チーズを求める場合も多く、チーズの代替素材としての完成度よりも商品のコンセプトを優先させた商品も見受けられる。しかし、海外ではこういった代替商品はかなり認知されているようで、図1はアメリカの一部のスーパーでは、代替チーズは他の植物性代替マヨネーズ、植物性代替肉のコーナーでまとめて売られているほどである。
図1.アメリカのスーパーでの植物性代替素材コーナー
5.現在の国内の代替チーズ事情
国内品としては弊社のように一から国内で製造する場合と、海外で製造された代替チーズのブロックを輸入し、国内で加工、包装して販売する場合とがある。国内のチーズ消費量が約35万t/年に対し、少なく見積もっても7000t/年(マリンフード推定)の代替チーズが流通していると考えられるが、欧米に比べると普及はまだまだのようである。その特徴は様々であるが、家庭用製品としてはスティリーノを含む健康志向を訴求したタイプ、カマンベール、モッツァレラ等ある一つのチーズの特長を模倣したタイプ、豆乳入りなどをパッケージにも謳った大豆使用タイプなどがある。形状としてはシュレッド、スライスタイプが主流。国内では、アメリカのスーパーマーケットでみられるヴィーガン等の植物性食品専用の陳列スペースを展開するほどにはまだ至っておらず、ナチュラルチーズやプロセスチーズの商品と並べられて乳製品の棚に陳列されている。業務用ではピザ等に使われるシュレッドが圧倒的に多いが、ブロックタイプやクリームチーズを模したペーストタイプも出回っている。
6.スティリーノの詳細と特徴紹介
代替チーズがチーズの代わりという用途で使用される為には、当然、外観や風味、物性などがチーズ様の特徴を有していなければならない。市場におけるチーズの形態は多岐にわたるが、シュレッド、スライス、ベビー、ポーション、ダイスなどの形状に加工されることが多い。まず代替チーズはこれらの形状を有し白色から黄色味をした外観が求められる。次に風味としては代表的なチーズで知名度が高く、一般消費者にとってなじみのあるゴーダ、チェダー、カマンベール、モッツァレラなどに近づけることを求められることが多い。加熱後の見た目が五感に与える影響も大きい。多くのチーズ製品は固体であるが、ピザ用シュレッドチーズやとろけるスライスチーズなどはトースターやフライパンなど一般家庭での調理加熱で溶けて、きつね色に焦げるといった特徴を有する。代替チーズもこのチーズの溶け広がり方、焦げつき方に始まり、油の浮き方や一部チーズの持つ糸引き性を類似させることが重要である。
チーズの有する物性を表現する為に、スティリーノは前述の通り構成としてはチーズと同様に蛋白質、脂質および水を主体とする食品として誕生した。このベースを崩さず乳脂肪を植物油脂に置き換えることでチーズ様物性を獲得することができる。
チーズ様物性の根幹となるのはレンネットカゼインである。レンネットカゼインは乳蛋白の一種でチーズ中にも含まれる。スティリーノのみならず代替チーズの多くはレンネットカゼインが使用される。スティリーノにおけるレンネットカゼインの役割の一つはプロセスチーズと同様に水、油脂を乳化させることである。レンネットカゼインは溶融塩の存在下において親水基と疎水基の両方を備えた両親媒性構造へと変化し乳化作用を持つ4)。同様に、スティリーノにおいても添加された溶融塩の作用によってレンネットカゼインは水と油脂を乳化していると考えられる。またレンネットカゼインはスティリーノの冷却後の生地硬化にも大きな影響を及ぼす。原料中のレンネットカゼインの含有率が高いほど冷却後のスティリーノ生地は硬くなる傾向にある。更にレンネットカゼインはピザ等の加熱料理に用いられる際の焼成後の風味(とくに食感)、溶けにも効果を及ぼす。プロセスチーズにおいてレンネットカゼインは組織ネットワークを構築し、ボディを形成しており4)、これはレンネットカゼインを主体とするスティリーノにおいても同様であると推察される。故にチーズ独特の食感、溶けを表現するにはレンネットカゼインの使用が必須となる。ただし、レンネットカゼインは乳製品の一種である為、価格変動が大きく、比較的高価である場合が多い。目的に応じて添加量を調整する必要がある。
海外の代替チーズを取り寄せ、調査した限り、乳脂肪の代わりにはパーム油やココナッツオイルを使用することが多いようである。弊社のスティリーノでもこれらの油脂を使用している。これらの油脂の特長は比較的融点が高いことである。融点の低い油脂では、代替チーズ製造時の冷却工程後も生地が柔らかく、その後の加工(シュレッドやダイスカット)に耐えられる硬度が出ない。また油脂の配合量としてはチーズ中の乳脂肪と同程度で良い。パーム油のような高融点油脂では油脂自体が生地硬度に寄与する為、使用量が少量では生地が柔らかくなるが、配合量が多くなると生地のべたつきの原因となり加工に適さない物性となる。また、調理加熱後に与える影響としては、見た目の油浮きと食感である。油浮きが多いとマヨネーズ様の歯ごたえの無い食感となり、加熱による焦げ目もつきにくくなる。ナチュラルチーズにみられるきつね色の焦げ目と滑らかな舌触りを再現するためには適切な量の油脂配合量が求められる。
代替チーズには原料コスト削減を目的としてしばしば加工澱粉が添加される。加工澱粉の種類は酸化澱粉、ヒドロキシプロピル澱粉等多様であるが、その種類によってスティリーノの最終物性も大きく変わる為、使用する加工澱粉の選定は必須である。加工澱粉をスティリーノに添加する主な利点は生地硬度上昇と増粘性の向上である。加工澱粉がレンネットカゼインの一部置き換えとして使用される特性上、レンネットカゼインの添加量が減ることによって生じる生地硬度低下を抑える機能のあるものを選定しなければならない。また、加工澱粉の増粘性は生地の弾力を増加させ、加工、流通時の保形性を向上させる。しかしながら加工澱粉によっては生地粘度の急上昇や焼成時の溶けの悪化などの悪影響を及ぼすことがある為、その種類、配合量には注意が必要である。
上述の通りスティリーノの構成ならびに、最終的な物性はナチュラルチーズに近いが、その製法は大きく異なる。ナチュラルチーズは生乳を原料として殺菌、レンネット・乳酸菌添加、カッティング、攪拌加熱、ホエイ分離、型詰・圧搾、加塩、熟成という工程を経るが5)、スティリーノは乳蛋白、油脂、水、その他の原材料をすべて乳化釜へ入れ、攪拌加熱しながら乳化させ、充填後冷却するという工程を経る。この工程は原料のナチュラルチーズを溶融塩を用いて乳化釜で乳化するプロセスチーズに近い。ただし、原材料の投入の順番が異なると同じ原材料、同じ配合比率であっても全く別の物性となってしまう為、注意が必要である。加熱乳化直後のスティリーノは液体状である為、成形が容易である。弊社ではブロック状あるいはスライス状に成形され、ブロック状生地は冷却後さらにシュレッド状またはダイス状へと加工される。 製造設備としてはプロセスチーズに近いスティリーノではあるが、乳化釜での加熱時の製造条件は独特である。ベビーチーズやダイスチーズなどプロセスチーズのほとんどが生食を前提で製造されるのに対してスティリーノは加熱前提の商品として製造されるのがその理由である。つまり、消費者が調理した際にプロセスチーズには無い、ナチュラルチーズ様の溶けが求められる。そのために乳化釜での加熱攪拌にはスティリーノ独自の乳化工程が用いられており、ナチュラルチーズと近い物性の発現に大きく寄与している。
6-1.コレステロール含量低減
スティリーノの特徴の一つはチーズに比べてコレステロール含量が低減されていることである。ゴーダチーズには83mg/100gのコレステロールが含まれる(日本食品標準成分表2015)一方、弊社のスティリーノは求められる特性に応えるため、複数種の生地があるが、そのうちの代表的な生地ではコレステロールが4mg/100gである。これは原材料として乳脂肪を使用せず、コレステロールがほとんど含まれていない植物油脂に置き換えたことに起因する。なお、スティリーノの原材料には乳由来の原料がいくつか含まれるが、その多くはレンネットカゼインや脱脂粉乳のような脂肪分をほとんど含まない乳原料であり、風味付けの目的でわずかに添加されるチーズパウダーに少量の乳脂肪が含まれるのみである。2019年日本政策金融公庫の「食の志向調査」では消費者の食の志向は健康志向が46.6%で過去最高となっている。弊社のスティリーノ「コレステロール95%オフヘルシーシュレッド」(図2)もこの健康志向の高まりに牽引されるように年々売上が増加している。
6-2.脂肪分含量の低減
スティリーノのラインナップの一つに脂質含量が低減された商品「脂肪分30%オフヘルシーシュレッド」(図3)がある。30%オフとはコレステロール量低減品と同様にゴーダチーズと比較した低減率である。ゴーダチーズには29.0g/100gの脂質が含まれる(日本食品標準成分表2015)一方、「脂肪分30%オフヘルシーシュレッド」は18.0g/100gまで脂質を低減しており、脂質に付随して熱量についても265kcal/100gまで下げ、ゴーダチーズ(380kcal/100g:日本食品標準成分表2015)と比べて25%の低減となった。従来のスティリーノの特徴である低コスト、コレステロールオフを維持したままに、脂質量と熱量を低減している。スティリーノの熱量源として最も比重が大きいのは植物油脂(約900kcal/100g)である。スティリーノにおける植物油脂の役割は生地硬度上昇と調理加熱後の溶け感の付与であるが、弊社では植物油脂の配合率を抑え、油脂が少量でもチーズ様の物性が失われないような原料の探求、製造工程の検討を行い、脂質、熱量低減タイプの代替チーズの開発に成功した。
6-3.モッツァレラタイプ
弊社のスティリーノ含め、一般的な代替チーズは加熱時にチーズのようなとろける物性はあるものの、モッツァレラチーズのように力強く伸びる物性はほとんど再現されていない。アナログモッツァレラという名で、作りたてこそ伸びるものはあるが、商業ベースの商品として数ヶ月間伸びを維持させるのは至難の業である。そんな中、弊社では2020年春にモッツァレラタイプの伸びるスティリーノ、名付けて「モッツァリーノ」の開発、販売に成功した(図4、図5)。
一般にモッツァレラチーズが伸びる要素として一番重要であるのが乳蛋白のカゼインである。カゼインはチーズの原料の乳中で粒状のカゼインミセルを形成して存在しているが6)、乳酸菌と酵素であるレンネットの働きによって凝集し、カゼイン同士で網目構造を形成する。そしてこの網目構造が伸びの大きな要因となる。加えてモッツァレラチーズでは熱湯中で生地を捏ねるパスタフィラータという製法によってさらに網目構造が絡み合い、伸びる繊維を強固にするのである。なお、このモッツァレラの繊維を一方向に揃えて押し出したものが、ストリングチーズ、いわゆる裂けるチーズである。弊社の伸びるスティリーノ(モッツァリーノ)に関しても基本的にはこのモッツァレラチーズの科学に倣った配合・手法によって伸びを獲得している。そこで、伸びる生地組織について調査を行うため、走査型電子顕微鏡にて生地組織の観察を行った(図6~8)。
図6はとろけるスライスチーズ、図7は裂けるタイプのストリングチーズ、図8が伸びるスティリーノ(モッツァリーノ)である(いずれも弊社商品)。とろけるスライスは図6のように、強い繊維状組織も方向性も見られない。
ストリングチーズは製造時に熱湯中で一方向に何度も伸ばす工程があることから断面組織に線状の繊維がみられ、これが一方向に整列している(図7)。一方、伸びるスティリーノ(モッツァリーノ)にはとろけるスライスのように組織の方向性は見られないが、所々で網目構造をした組織が散見される。この状態が伸びと溶けの両方に寄与していると考えられる。
図5.焼成時のモッツァリーノの伸び
6-4.乳成分完全不使用「ヴィーガン」
海外では動物愛護や環境保護、あるいは健康志向の高まりからか、植物性食品を好むベジタリアンや、食品だけでなく身の回りの物まで動物性のものを避けようとするヴィーガン、また毎日ではないが植物性食品を積極的に摂取しようとする思考をもつフレキシタリアン等も増えてきており、世界的には徐々に植物性原料の食事を多く取る食習慣へと移行してきている7)。日本ではまだヴィーガン等の知名度はそこまで高くないものの、このような海外の流れもあり、健康面を考えて植物性の食品を取ろうとする動きがじわじわと出てきている。牛乳は一般に植物性ミルクと言われるアーモンドミルクやココナッツミルクに、ヨーグルトは豆乳から作られた豆乳ヨーグルトに、といったように乳製品も植物性食品に置き換えられ、ようやくチーズ類も植物性チーズやヴィーガンチーズとして流通し始めている。
上記でも既に述べたが、弊社では代替チーズの中でも植物性原料を主体とし、乳蛋白や乳脂肪等の乳成分を一切使用しない動物性原料不使用の代替チーズ、ヴィーガンシュレッドの開発にも成功している(図9)。このヴィーガンシュレッドは動物性原料不使用であることはもちろん、更に28品目のアレルゲン原料不使用であるため、乳成分だけでなく植物性原料である大豆や小麦、アーモンド等にアレルギーをもつ方にも支持を得ている(ただし、乳製品と同一ラインで製造)。
弊社のヴィーガンシュレッドは乳製品とは全く異なる植物性原料を主体として組み合わせ、チーズのような物性が出せるよう構成しているが、基本的な構成としては上述したチーズの構成に沿った形になっている。チーズの構成成分である乳蛋白、乳脂肪、水分、その他成分のうち、乳蛋白を加工澱粉に、乳脂肪を植物油脂に置き換えることで、乳成分を使用しない植物性チーズのベースが作られる。もちろんただ置き換えるだけではチーズのような物性をうまく出すことはできず、ここに試行錯誤の末の妙があるのである。
7.今後の課題
日本ではなぜ代替素材の普及が海外に比べて遅いのか。海外に比べて技術が劣っているというよりも、先に述べたように、日本には宗教上や信条から代替素材を進んで選ぶという文化はあまり無いので、代替素材に求めるレベルが高く、より本物に近い完成度や本物にはないメリットがないとなかなか受け入れられないからではないかと我々は考える。昨今の食材の機能性付与、添加物の進歩は目覚ましく、代替チーズにおいてもここ十数年でかなりの進歩がみられ、世間にも受け入れられてきたと自負している。今後は生食タイプの代替チーズや高級チーズの代替、本物のチーズにはない機能性の付与(例えば常温保管可能や健康訴求等)など更なるレベルアップが求められる。いつの日かチーズの代替ではなく、主役として認知されるような食材となれるよう今後も開発、普及に努めていきたい。
≪参考文献≫
1)大谷元,1.1チーズの起源と歴史,齋藤忠夫、堂迫俊一、井越敬司(編),現代チーズ学,p3,食品資材研究会(2008)
2)田中穂積,第5章 チーズの製造法,NPO法人チーズプロフェッショナル協会,チーズを科学する,p85,幸書房(2016)
3)Rupesh S. Chavan and Atanu Jana, International Journal of Science, Technology & Nutrition, 2 (2), 27 (2007)
4)田中穂積,第5章 チーズの製造法,NPO法人チーズプロフェッショナル協会,チーズを科学する,p91,幸書房(2016)
5)齋藤忠夫,2.2チーズ製造の基本フロー,齋藤忠夫、堂迫俊一、井越敬司(編),現代チーズ学,p76,食品資材研究会(2008)
6)Aoki, T., Mizuno, R., Kimura, T and Dosako, S.: Models of the structure of casein micelle and its changes during processing of milk. Milk Science, 66 (2), 125-143.
7)Health Focus International June 2019, Global Plant Report.